認定こども園と義務教育学校が一体となり、0〜15歳のシームレスな学びを目指す「学び舎 ゆめの森」。大水 達江ヘルスデザイナー、新田 彩乃ヘルスデザイナーの2名は、養護教諭の従来の枠を超え、子どもたちの個性や多様性を大切にした新しい学校の仕組みづくりに挑戦し続けています。子どもたち一人ひとりに合ったサポートをするための取り組み、デザイナーが協力し合う体制づくりを立ち上げる上での日々の気づきについて、お話を伺いました。

※「学び舎 ゆめの森」では養護教諭を「ヘルスデザイナー」、小中学校教諭を「デザイナー」と呼んでいます。

プロフィール

大水 達江ヘルスデザイナー (DE&Iコーディネーター)
小学校時代に保健室登校をしていた際、当時の養護教諭の先生と関わることで「自分の居場所が学校にある」と思えた経験から、養護教諭を志す。1年間の幼稚園養護教諭を経て、中学校にて養護教諭として3年間勤務。学び舎ゆめの森に令和6年4月に着任。
学び舎ゆめの森では、Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包摂性)を促進する「DE&Iコーディネーター」という役割を担っている。

新田 彩乃ヘルスデザイナー
浜通り地域の中学校で1年間養護教諭を経験後、令和6年4月から学び舎ゆめの森に着任。中学生の頃から子ども好きで、養護教諭として学校に関わりたいと考えていた。主に「保健」を担当しながら、探究する力を育む「未来デザイン」の授業、「総合」も担当するなど、養護教諭の専門分野を超え、学校全体を見る立場としてデザイナーのような動きもしている。

ヘルスデザイナーとして「学校全体を見る」という視点

―学び舎ゆめの森のヘルスデザイナーは、どのような役割を担っていますか。

大水ヘルスデザイナー:通常の学校では、養護教諭は教諭をサポートする存在のイメージで、あくまで教諭が学校の中心だと思います。でもゆめの森では、デザイナー(教諭)の横並びにヘルスデザイナー(養護教諭)がいて、「ヘルスデザイナーだから保健関係だけ」ではないのが、ゆめの森ならではです。

新田ヘルスデザイナー:養護教諭は通常、「保健室の先生」ですから、保健室に来る子に対応するのがメインです。でもゆめの森のヘルスデザイナーはどんどん保健室の外に出ていって、学校全体を見ることができます。保健室に来る・来ないに関わらず、子どもたち全員に対して一人ひとりに応じたサポートをしていくので、ゆめの森に来てからは子どもたちとの距離も近くなったと思います。

―ゆめの森のヘルスデザイナーは、なぜ養護教諭でありながら「学校全体を見る」ことができるのでしょう?

大水ヘルスデザイナー:「学校全体を見る」ことができる理由は大きく2つあって、1つには役割としてDE&I促進を担っているということ。もう1つには、ゆめの森の「ごちゃまぜラーニング」の考え方で、子どもだけでなく大人も立場や役割を超えて協力し合いながら新しい教育のカタチを生み出しているということが言えるかと思います。

『私』がはじまる —家庭と学校が両輪となって子どもの成長を支える仕組みづくり—

―1つめのDE&I促進の役割について、教えてください。どのような経緯で担当することになったんですか。

大水ヘルスデザイナー:ゆめの森への辞令が出て、最初に電話でご挨拶した時に管理職から「ゆめの森でDE&I促進をしていきたくて、その大きな軸として、児童生徒全員に個別の支援計画を作っていきたい。それを中心となってやってほしい。」と言われたんです。
それを聞いた時、「企業に転職するようなものかな」って、それくらい、今までの学校の延長線上にはない、全く新しい学校なんだ、って。DE&I促進は養護教諭の職務外だし、ゆめの森でしかやれない。「未知の領域すぎて面白そう!」、そんな気持ちでした。

ゆめの森 DE&I とは

これまで組織や企業が促進してきた「Diversity(多様性)、Inclusion(包摂性)」に「Equity(公平性)」をプラスして進化させたこの言葉は、社会や組織のWell-beingを追求する上での重要な条件。
ゆめの森は、多様な個性や特性を持つ児童生徒の誰もが夢をかなえる大樹へと成長していくために、合理的な配慮による支援をすることで(エクイティ)、多様性を尊重し(ダイバーシティ)Well-beingを追究する包摂的な優しい場所(インクルージョン)になっていくことを目指していく。

「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン」概念図

―DE&I促進の取り組みは、順調に進んでいったんですか。

新田ヘルスデザイナー:最初は2人で「DE&Iって何?」って、よく言ってました(笑)

大水ヘルスデザイナー:これまで考えたこともないことですから、進めていくのは大変でした。南郷GM、増子GMなど管理職の方や、デザイナーなどいろんな方に相談して、意見をもらって、私自身も「DE&I」を体に染み込ませて、徐々に語れるようになってきて、やっと取り組みがスタートした、という感じです。
取り組みの1つは、「『私』がはじまる」という、子どもたち一人ひとりに合わせた個別の支援計画のフォーマットを作成し、運用し始めたこと。もう1つは、「『私』がはじまる」に基づいたサポートを検討するための「EDI(エディ)会議」という会議体を創り、その会議のコーディネートをしています。どちらも、ゆめの森にしかない独自のものです。

『私』がはじまる とは

児童生徒すべての子どもたちの個別の支援計画のための、ゆめの森独自のフォーマット。「児童生徒のねがい」「保護者のねがい」などの独自の項目でに計画を立て、児童生徒・保護者・学校が対話を重ねる仕組みとして稼働を開始した。多面的に個の特性を捉え、共通理解を基盤とした支援に繋げていく。

 学び舎 ゆめの森独自の個別の支援計画フォーマット『私』がはじまる 表紙

―この「『私』がはじまる」の運用に、DE&Iコーディネーターはどのように関わっていきますか。

大水ヘルスデザイナー:主に運用していくのは担任のデザイナーになりますが、書かれたものを回収してチェックし、デザイナー全員で情報共有しながら次年度に向けた改善点を考えます。
まだまだ課題だらけですけど、理想としては、この1枚を見てその子のことが理解できる、そんな様式に数年後になっていったらいいな、って。今はその1年目ですね。

―「『私』がはじまる」を運用してみて、感じる兆しはありますか。

大水ヘルスデザイナー:保護者の方に書いていただく「保護者のねがい」という欄を読むと、様々なご家庭の想いや捉え方も見えてきて、それに向けてデザイナーが声がけする言葉も変わってきます。2学期までやってみて、そういう兆しを感じていますね。

多視点で子ども1人ひとりについて考える場 —「EDI(エディ)会議」の誕生—

―「EDI(エディ)会議」についても教えていただけますか。

大水ヘルスデザイナー:4月に着任した際、増子GMから「子どもたちを“全員”見てほしい」との言葉があったんですが、その頃は情報共有の会議がなくて、私と新田さんだけでは全員は見切れない、と感じて。DE&Iがちゃんと機能するためにも、情報共有できる場が欲しいと思って会議体を創りました。DE&Iをもじって「EDI(エディ)会議」と名づけたんです。
例えば、学校になかなか来れていないという子どもについてのサポートの方針検討など、生徒指導のデザイナー、特別支援コーディネーター、養護教諭、スクールカウンセラー、それに学童さんも集まって、一人の子どもに対して多面的に情報共有したり、アドバイスをいただいたりします。

EDI(エディ)会議とは

学び舎ゆめの森の校務分掌「子ども理解促進」(通常の学校では「生徒指導委員会」にあたる)のメンバーで構成される、週1回の会議体。メンバーがそれぞれの専門知識を用いながら多面的に情報を共有し、支援の方針検討を行う。

新田ヘルスデザイナー:大人数の学校では一人の担任が全ての生徒に十分な時間をかけることは難しいのですが、ゆめの森は少人数制で、複数のデザイナーが関われる体制だからこそ可能です。
例えば、以前は学校に通えなかった子が、ゆめの森に来てから少しずつ登校できるようになったケースがあります。その生徒は最初、週に1回程度の登校からスタートし、担任のデザイナーと、関わりのある複数のデザイナーも含めてEDI会議を開き、その子に合わせたサポートを考えました。

大水ヘルスデザイナー:まず大切にしたのは、その子が「今日は楽しかった」と思えるような体験をつくること。体力面も考慮して、午後は保健室で休養をとれるようにしたり、デザイナーが交代で関わる時間を設定したり。担任だけでなく、様々なデザイナーが協力してサポートする体制を組んだんです。

新田ヘルスデザイナー:その結果、最近では毎日登校できるようになって、いきいきした笑顔も見られるようになりました。これも少人数だからこそ可能な、きめ細かな配慮です。

「型」にはめない教育。一人ひとりに異なるゴールがある

―デザイナーの方々の子どもを見る視点にも特徴があるように感じます。

大水ヘルスデザイナー:そうですね。ゆめの森では、子どもを「型」にはめようとしない教育を大切にしています。全員が100点を目指すのではなく、一人ひとりに異なるゴールがあっていい。その考え方が、デザイナー全員に共有されているなって。
通常の学校だと、一人の子どもに対して担任の教諭は「教室に来させたい」とか「机に向かってほしい」、養護教諭は「保健室で休ませてあげたい」「一人にさせてあげたい」と、方針の違いが生じることも。どちらが良い、悪いとかではなく、ゆめの森ではデザイナー同士の土台にある考え方が揃った状態で、相談し合って互いに協力し合えていると思います。保健室だけでなく、学校全体でこの子どもの見方を共有しているんですよね。これからの学校教育には、この見方が必ず必要になってくると思います。

管理職の皆さんが一人ひとりの子どもをよく見ているというのも大きくて。「この子どうなの」とか、「この子に対してどうしたらいいと思う?」とか、投げかけがあって、EDI(エディ)会議で議題にしたりもします。管理職も含めてデザイナーたちが子どもに対して情熱を持って見取っているということと、自分で全て解決しなきゃ、と背負いすぎなくてもいろんな方に助けていただけるところが、やりやすいと感じます。

鬼ごっこが始まったら、鬼役になることが多い新田ヘルスデザイナー

新田ヘルスデザイナー:ここの子どもたちは、「どの先生に話しても大丈夫」と安心しているからか、自分のことを包み隠さず話す子、「こうして欲しい」と素直に主張する子が多いんです。「こっち来て」と声をかけられたり、「これやるから見て」と言われてたりして、図工や算数を一緒にやったりしているうちに、保健室以外で過ごす時間が長くなりますし、児童生徒全員と関わることができています。子ども同士だけではなく、私たちデザイナーも含めて「ごちゃまぜラーニング」なんです(笑)
ゆめの森の子どもたちは、適応力が高い気がします。外部講師も多かったり、視察で大人に慣れていたり、様々な人と交流する機会が多いからかなって。大人に対しても、転校生に対しても、すぐに寄っていくし、聞くし、頼んだり、喋ったりできています。

大水ヘルスデザイナー:ゆめの森の校舎では、子どもたちはオープンなスペースで勉強していることが多くて、歩いていたら目が合うし、いつでも入っていけちゃうし、他のデザイナーからも「見てほしい、入ってほしい」って頼まれることが多いです。
養護教諭だけど、保健以外の授業をこんなに見ていいんだ、こんなに子どもに関わっていいんだって、広がりました。集団の一斉指導だったら「私にはできない」と思っちゃいますが、ここでは自由進度学習だから「ちょっとこの子サポートしてもらえますか」と言われたらすぐに入りやすいというのもあります。

枠組みを超えて挑戦できる「学び舎 ゆめの森」

―学び舎ゆめの森での1年目を振り返って、どのようなことを感じますか。

新田ヘルスデザイナー:「こういうこともやれるんだ」ということが増えたというのを実感します。フタをしてたけど、ここに来たら、「フタがなかった、あ、飛べた!」みたいな。
養護教諭の枠を超えた例として、3〜9年生の好きなことを突き詰めて探究する総合的な学習の時間「未来デザインの時間」を担当したんです。ヒヨコが好きな3年生の子を担当して、ヒヨコの探究や発表準備をサポートしました。もちろん初めての事ばかりでしたけど「ここまでやっていいんだ!」って。「どう声がけしたらいいかな」「どうしたら探究心を引き出せるかな」とか考えますし、今でも戸惑うことはいっぱいあります。でもそれも含めて、面白いです

大水ヘルスデザイナー:ゆめの森に来て気づいたのは、「子どもって、力がちゃんとあるんだ、しっかり考えを持ってるんだ」って実感しました。子どもとの関わりが深いからこそ気づけたのかなって。

―DE&Iについてははどう捉えていますか。

大水ヘルスデザイナー:型にはめない。一人ひとりをちゃんと見て、個々に応じて個別に対応していくこと。そして、DE&Iは学校全体でやっていくものだなと思っています。DE&I促進は私が主担当ではあるんですけど、新田さんに「これどうですかね、これでいいですか」って聞いたりとか、とにかく相談し合える関係です。
新しいことをやっているので、新田さんにも、EDI(エディ)会議のメンバーにも、校外も含めて色々な方に相談し、聞きながら一緒に作っていっている感じです。

新田ヘルスデザイナー:EDI(エディ)会議のメンバーは本当に心強いですよね。色んな知識が一気に集まる会議です。

―最後に、お二人にとって「学び舎 ゆめの森」とはどのような場所ですか?

新田ヘルスデザイナー:私にとってゆめの森は、「できることが広がる場所」です。養護教諭という枠を超えて、子どもたちの探究活動をサポートしたり、様々な授業に関わったり。最初は戸惑いもありましたが、一人ひとりの子どもの興味や可能性に寄り添える今の働き方は、本当に楽しいです。一緒に成長させてもらっている場所ですね。

大水ヘルスデザイナー:私は、「人の力を信じる場所」だと感じています。一人ひとりをしっかりと見取って、その子の光る部分、可能性に目を向ける。そして、それは大人の私たち自身にも言えることかもしれません。DE&I担当になった時は不安もありましたが、新田さんをはじめ、たくさんの方々と相談しながら、ゼロからのスタートを前向きに捉えられました。新しいことに挑戦できる環境が自由にあるからこそ、私たち自身も成長できているのだと思います。

新田ヘルスデザイナー:本当にそうですね。私たちも子どもたちと同じように、型にはまらない自由な発想で、しっかりとチームで支え合いながら、子どもたち一人ひとりの可能性を広げていけたらと思います。

(取材後記) 取材の中で、「まだまだ課題だらけです」と謙虚に語ってくださった大水ヘルスデザイナーと新田ヘルスデザイナー。DE&I促進の取り組み「『私』がはじまる」について、初めて詳しく語っていただきました。取材を通して、お二人が新しい学校のかたちを創り出そうとする姿勢と、そこにある確かな手応えを感じることができました。「全員で進めていくもの」という言葉通り、これからの「『私』がはじまる」の展開が楽しみです。