授業を見るとは、教師を見ることではない
~研究授業の本当の目的~
第6話では、「教材研究は、教材を見ることではない」をテーマに、子どもの心に火をつける授業の最初の5分についてお伝えしました。
今回は、授業づくりを支えるもう一つの大切な時間、「研究授業」についてご紹介します。

~研究授業の本当の目的~
第6話では、「教材研究は、教材を見ることではない」をテーマに、子どもの心に火をつける授業の最初の5分についてお伝えしました。
今回は、授業づくりを支えるもう一つの大切な時間、「研究授業」についてご紹介します。
目次
学校では、先生方がお互いの授業を参観し合い、よりよい授業づくりについて話し合う「研究授業」を行っています。
その目的は何でしょうか。
授業をした先生を評価するためでしょうか。
指導技術を比べるためでしょうか。
もちろん、授業づくりを振り返ることは大切です。
しかし、ゆめの森が研究授業で最も大切にしていることは、子どもたちの学びをみんなで見つめることです。
私もこれまで、何度も研究授業を経験してきました。
若い頃は、教室の後ろに先生方が並ぶだけで緊張し、
「失敗したらどうしよう。」
「うまく授業をしなければ。」
そんなことばかり考えていました。
しかし、経験を重ねる中で気付いたことがあります。
本当に見てほしいのは、教師である自分ではありませんでした。
子どもたちの姿です。
子どもたちは、どんな問いをもち、
どんな場面で立ち止まり、
友達との対話を通して、どのように考えを深めていったのか。
授業の価値は、教師がどれだけ話したかではなく、子どもたちがどれだけ学んだかによって決まるのだと思います。
研究授業になると、
説明は分かりやすかったか。
板書は見やすかったか。
発問は適切だったか。
どうしても教師に目が向きがちです。
もちろん、それらも授業づくりには欠かせない視点です。
しかし、それだけでは「教師研究」で終わってしまいます。
学習者主体の学びを目指すのであれば、
私たちが見るべきものも変わります。
あの子は、どんな瞬間に目を輝かせたのだろう。
どの問いが学びを動かしたのだろう。
友達との対話によって、どんな考えの変化が生まれたのだろう。
そうした子どもの学びが動いた瞬間を見つけることこそ、研究授業の一番の価値だと考えています。
授業を公開することには、大きな勇気が必要です。
だからこそ、授業を参観する私たちも、その勇気に応えられる存在でありたいと思います。
改善点を指摘するだけではなく、
「あの子が初めて自分から手を挙げていました。」
「友達の考えを聞いて、自分の考えを変えていました。」
そんな子どもたちの成長を語り合える研究授業でありたい。
授業者を評価する場ではなく、
子どもの学びをみんなで共有し、次の授業づくりにつなげる場。
そのような文化が根付けば、授業を公開することは「評価される時間」ではなく、「ともに学び合う時間」へと変わっていくはずです。
ゆめの森が目指しているのは、「学習者主体の学び」です。
だからこそ、研究授業でも主役は教師ではありません。
主役は、子どもたちです。
授業を見るとは、教師を見ることではなく、子どもの学びを見ること。
そして、その子どもたちの姿を通して、私たち自身の授業づくりをよりよくしていくこと。
これからも、教職員同士が安心して授業を公開し、子どもたちの学びを中心に語り合える学校であり続けたいと考えています。
教科書は、学びのゴールではありません。
子どもたちが「学びたい」と思える授業は、どのように生まれるのでしょうか。
教材と子どもをつなぐ、教師の役割についてお伝えします。